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good-bye, hi-lite.

恋とニコチン。

4.20

ミツを連れて実家に帰ってきた。



私の生地は関西とはいえ山陰の奥深くで、文化圏としてはむしろ中国地方に近い。
山陰というのは本当に陰鬱な光の土地で、いくら晴天の陽射しが降り注いでいてもそこにわずかな濁りが常に含まれているような気がする。
そんな地方の山村は元来過疎地ではあったのだがここ10年ほどで急速に過疎と高齢化が進み、今ではほとんどゴーストタウンのようになっている。
国道沿いに連綿と連なる量販店・ガソリンスタンド・パチンコ・ラブホの並びのなかにほとんど人影は見当たらず、まるで人間が死滅してしまった後の世界を観光に来ているような気分でミツを抱いて後部座席に座っていた。
陰鬱だ。
国道20号線』という素晴らしい映画があるのだが、そこで描かれていた地方都市の「行き場の無い野蛮」と「綻びたロマンティシズムの暴力」は正に「現在」だったが、この山間の僻地ではそのような暴力性さえも蒸発してしまい、むしろここは「未来」ではないかと思われた。



私は昔から何かと実家とは折り合いが悪く、今回のような4泊5日にもなる滞在はほとんど15年ぶりになるだろう。
この帰省の理由は、伯父の末期ガンが判明したせいだった。
死の響きがうっすらと聴こえている彼と顔をあわせるのは考えただけで消耗する作業だが、それは「やるべきこと」なのだと私は信じることにした。
どんなに嘘寒くても。


季節が逆流してしまったような寒さのせいで、実家の近くは今ごろになってソメイヨシノが満開だった。
こんな寒さのことを「小鳥殺し」というのだと教えてくれたのは祖母だった。
ミツを連れて外に出ると、柔らかい春の光が細かな粉みたいに辺りに散っていて目も開けられないくらいで。
ふわふわと漂う光の粒子を掴もうとして、ミツの細い指は何度も空を切った。
春の山は若竹色や山桜色や淡い小枝色の精妙なパッチワークになっている。
踏みしめた足下からは柔らかいヨモギの新芽の涼しい匂いがした。


こんなものすべて、おまえはわすれてしまうだろう。
わすれてしまえばいい。
そうして、もしいつか、似たような風景に出会ったとき、
何度も何度でも新しく驚きなおしてくれればいい。
ミツがちいさいくしゃみをひとつした。
そろそろ家に帰ろう。