読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

good-bye, hi-lite.

恋とニコチン。

5.13

ミツは今日、初めて誰かの悪意に出会った。
それは、もっと丁寧に言えば悪意というほどのものでもない、些細なできごと、ちょっとした驚き程度のものだ。



先月からベビースイミングに通っている。
プールの更衣室には0歳から3歳までのこどもたちが芋の子を洗うように入り乱れている。
このごろつかまり立ちと伝い歩きができるようになって、動きたくてたまらないミツは、そばにいた3歳くらいの男の子の身体にすがりついて立とうとし、そのまま突き飛ばされたのだ。
ミツは、私が初めて見る顔をしていた。
泣きもせず怒りもせず、地面にぺたんとしりもちをついたまま、(これがなんなのか判らない)という顔をしていた。

彼はその時生まれて初めて他人の明白な「拒否」というものに触れたのだ、と私は思う。
生まれてからずっと親や祖父母らの親類に囲まれて舐めるように可愛がられてきたのだし、どこに行っても赤ん坊は大人たちの笑顔にくるまれる。
力加減を知らないとはいえ、ミツが髪の毛を引っぱったり顔や腕を叩いたりしても、私を含めて大概の人は笑って許してくれたのだ。

その男の子は明らかに不愉快そうだった。
当然だ。
見知らぬガキに突然取りすがられて気分のいいはずがない。


きつい表情でミツをにらんだ男の子と、惚けたように座り込んだままのミツの間にいて、私はなんにもしなかった。
男の子に注意もしなかったし、ミツに駆け寄って抱き上げたりもしなかった。
ただ見ていた。

それはよくなかったのだろうか。わからない。

でもたぶんこういうこと、理由も判らない誰かの不愉快や悪意に衝突してしまうようなことって、これからとてもとてもたくさんミツの元にやってくると思うよ。その度ごとに私が手を差し伸べたり抱き上げたりしてあげることは残念ながらできないんだよね。
ミツはびっくりしただろう。もしかしたらちょっと怖かったかもしれない。
でもだいじょうぶ。怖がることなんてぜんぜんないよ。
もし相手の不機嫌がミツのやったことのせいだったら、「ごめんなさい」って謝る。
ここで大切なのは「自分がやったことが相手を不機嫌にしてしまった」という、行為のもたらす結果の道筋をたどれるかどうかだ。
むずかしいな。
「僕がやったことできみが怒っちゃったかもしれない」って想像できるかどうか。これでどう?

そしてもし、相手の不機嫌がミツのせいじゃなかったら。
そのときはしりもちをついたお尻を手でぱんぱんって払って、相手に向かってにっこり笑って「今日はきもちのいい日ですね」って言うんだ。そして好きな歌でも口ずさみながらその場を立ち去るといい。
これはすごく難しいね。
ついミツもカッとなって、相手の胸をどんって突いて同じようにしりもちつかせてやりたい!と思うかもしれない。
でもよく考えてみよう。
相手の不機嫌には理由がないんだ。
「なんだかよく判らない、けど気分が悪い」相手に、「きみは不愉快だ」という明確な理由を持って不機嫌を突きつけるのは、なんていうか、スマートじゃないな。
もともと存在しない不機嫌なんだから、それはミツに渡された時点でふわりと宙に帰してあげるのがいいと思う。
だからね、こういうときに好きな音楽や好きな歌や好きな言葉って、ちょっと役に立つとわたしは思うんだけどな。